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2007-06

上昇中

PCからの放熱が予想を上回っている。
寒さには弱いが、暑さにはかなり強いつもりの私も、さすがにやっていられない。限界点を軽く越えてくれた。

基本は窓全開で対処するが、エアコンもつける。冷えすぎると体調がおかしくなるのでドライだけにしている。
普段は当然のごとく常時起動しているPCだが、作業しないときは止めようと思う。電気代もかかるし。

神についての省察

日本の神道でいう八百万の神は、いわゆるGodではない。英訳するならばSpiritsに近い。再度日本語に戻すと、精霊といったところか。
にもかかわらず、これをキリスト・イスラム圏でいうところの唯一神(まぎれもないGod)と混同するから話がややこしくなる。崇拝対象が唯一であるか否か、という議論は比較すべき神が同一次元上にないところに問題を見出すべきであろう。

Spiritsは、そこかしこに存在している。
我々の住む三次元上では明晰に確認できないが、たしかに存在するものとして受け止められる。一部の者、一部の場合においては明晰に確認できるのかもしれないが、再現可能な形での存在の実証は得られていない。
目に見えないもの、手で触れられないものではあるが、我々ヒトが存在しているのと同じように、存在するものとして受け止められる。我々はそこに、力と意志とを感じる。見えない力を畏れた人は、太古からそれらを祀り、時に翻弄され時に利用してきた。そう、Spiritsは偶像たりうる。

一方のGodは存在するものではない。それは、存在そのものである。
かつて、私の友人が「神は数式で表せるのではないか」と言った。まさにその通りではないか。
この世を支配している法則、運命、真理すべてが即ち神と呼ぶべきものなのではないか。Godは因果律であり、運動方程式であり、星の運行である。Godは偶像たりえないのだ。
ゆえにGodは意志と力を持たない。私が今ここにこうして在る、ということはその意志でも力でもなく、この因縁そのものがGodなのである。

神に救済され完全なる幸福に包まれるということは、おそらく宇宙の真理に到達して人間の苦悩のメカニズムを明晰に知るということであろう。正しく表現するならば、神が救済するのではなく、神を知るということだ。ただし、知るという能動的に見える行為も、神の範疇である以上、それは知らされると表現するのが適当かもしれない。

Godについて知ることは、Spiritsの存在を否定することではない。しかし、Spiritsの崇拝では完全なる苦しみからの解放は望めない。それは次元こそ違えど、同じ人間であるところの他人に助けを求めるのとさして変わらないからだ。偶像崇拝が禁じられる所以であろう。
だからといって、存在する以上無視するよりうまく扱っておいた方が良い、というのが現実的見解だ。一次元上の社会性とでも呼ぶべきだろうか。「神仏を尊び、神仏を頼らず」はいよいよ至言である。

明晰には認識できない存在ながらも、Spiritsとうまく付き合いながら、Godを知ること。これが私の神についての暫定的な見解である。
それでどうなるかは、神のみぞ知るというところだ。

キンキラキン

GARNET CROW LIVESCOPE OF THE TWILIGHT VALLEY (初回限定盤)

Amazonで注文した、GARNET CROWのライブDVDが届く。
収録されているのは東京公演だけど、去年の大阪公演を5時で会社をピシャ帰りして臨んだのを思い出す。あの日は誰になんと言われようと5時で帰ってやるつもりだった。その時アルバイトに来ていた内定者の女の子よりも先に退社した。まぁ、何も言われなかったけどね。

ジャケットがライブでの由利さんの衣装と同じくキンキラキン。
結局あの衣装の評判はどうだったんだろうか。芳しくはないと思うんだけど・・・

で、良く見るとこれは初回限定版。通常版はジャケットが違うのか?
違ったらまた買うんだろうね。ここまでくると、観るために買うのではなく、持つために買っている。
CDやDVDなんてそんなもの。このご時勢、デジタルデータをわざわざメディアで購入する意味は、ジャケットを含めてモノとして所持しておきたいから。だからダウンロード購入は意味がない。
今ちゃんと観てるけどね。

認めたくないものだな

最近つとに思うのは、若さを恃みすぎているということ。
腕力的には非力であるが、虚弱ではなくむしろ意外にタフな身体に生まれついたことに寄りかかって生きていると思う。
それと同時に、これまで自分の幾ばくかの才能を恃みすぎていることも間違いない。これまた有難くも持って生まれたものである。

恃むと言っても、驕っているわけではなく、たまたま持って生まれた条件を大前提に置いて動いているということ。それがなくなれば立ち行かなくなるぐらい、努力を怠っている。(もっとも努力も才能のうちだとは、明晰に分かったことであるが)

とりあえず、健康体で生存していることに感謝感謝。
そんなことを思う、午前2時半。

デザイン変更

デザインを変えてみた。といってもトップページだけ。
なので、個別ページやアーカイブページと違ってちぐはぐな状態になってる。
引き続きサイトも含めてデザインを統一させますので、しばらくお待ちを。

コメントするときにエラーでますね。
こちらも修正しておかなくては・・・

気合で恢復

今日は、夜中に恐ろしいほどの頭痛と手足の疼きに目が覚めた。昨夜飲んだ酒が原因だが、ビールと梅酒とカクテル1杯ずつしか飲んでないのに、尋常ではない痛みだった。
おまけに頭は錯乱状態で、眠ろうとしてもCSSでのレイアウト表示がうまくいかないイメージが想起され、不快さで眠れない。どうやら寝ている間も仕事をしているらしい。

朝起きると頭痛は治まったが、左腕と右脚が痛む。血行が悪くなることによる、疼きとも呼ぶべき鈍痛。絶えず動いて気を散らしていないと神経に障る。さらに、歯茎がいたい。歯が浮いている、という表現がまったく暗喩ではない。熱もある。
それでやっと分かったのは、どうやら風邪をひいたらしいということ。夜中のあの痛みは酒のせいばかりではなく、体調を崩したからだというのが納得できた。
納得できればいいという問題ではない。

こんな状態でも今日の予定をキャンセルして安静にしようという発想はない。
もとより根性論は嫌悪するところだが、気合でなんとかしようと思っていると、どうやら恢復したらしい。若干だるさはあるが、身体の痛みは消えた。
自分の身体のタフさに驚くばかりと同時に、この狂った脳について来る身体に感謝したいと思う。

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