Home > Archives > 2007-06
2007-06
懐かしむほどではないはずだが
- 2007-06-24 (日)
- ブログ
昨日は大学のゼミのメンバーと久々に再会し飲んできた。
集まった人数は多くはなかったが、皆変わりなくて何より。今回は飲んだ場所も飲み屋のグレードも学生時代と変わらなかったのだが、周囲の学生の雰囲気を懐かしむような一面もあった。
それでも、私服を着てれば外見上は学生に見えるだろうという話にもなったが、どうもそうでもないらしい。現役の大学生とは2,3歳ほどの違いなのでたぶん年齢の問題じゃないね。普段の生活のにおいというものがつくものらしい。
っつても、私は学生時代と大して変わらん生活をしている気がするけどな。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
そして輪郭を失ってゆく
- 2007-06-22 (金)
- ブログ
眠くなったら寝る、というバイオリズムに忠実な生活を送っているため、
一日の境界線をどこに引いたらいいのか全く分からなくなってきた。
やはり睡眠によって体内時計がリセットされるのは本当らしい。
それでも曜日の感覚は狂っていない自分の社会性に驚く。
と言っても、一週間のリズムも世間とは逆で土日になるとやたら忙しくなる、という変な生活を送っている。
- Comments: 2
- Trackbacks: 0
闇夜の効率性
- 2007-06-20 (水)
- ブログ
本腰を入れた作業というのは、日がとっぷりと暮れてからでないとやる気が起きない。
昼間は変に気が急いて落ち着かないのである。特に外が快晴だったりすると、とても部屋の中で仕事をしていられない気になる。特に用はなくてもどこかに出かけなければならない衝動に襲われるのだ。
そんで大して用もないのに食事をしにでかけて、けっこう時間を浪費してみたりする。
夜になると落ちつくのはきっと、静止した世界だからだ。
夜というのは陽が出ていないので(むしろ日が出ていないのを夜と定義しているのか)、まず視覚的な時間の経過がない。月の傾きは陽の傾きほど重要視されない。
そして、夜中には緊急でもないかぎり、連絡をとらなければならないことなどない。銀行やら役所やらはことごとく閉まっている。したがって「今、この時間帯にしなければならないこと」というのがない。諸々の雑務を翌日以降に後回しにして良い口実が成立する。
さらに、夜というのは一日が終わり就寝する時間である。つまり、床に就かないかぎりその日は終わらないのだ。睡眠時間を削ることにはなるが、寝入るまでは時間を産出できるのである。
以上のきわめて感覚的な理由により、夜になると「よし、そろそろ仕事に取り掛かるか」と気持ちが乗ってくるのである。
昼間はぼけーとしているわけではなく、傾いていく陽に焦燥を感じている。感じているだけで、なかなか行動が伴わない。強迫観念にさいなまれ続ける悲しい性格である。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
Christ!
- 2007-06-19 (火)
- ブログ
辞書検索も当然ウェブ上で済ませているので、紙面をめくる動作は久しくしてない。そういえば大辞林を実家に置いたままなのに今さら気づいた。ましてや英和辞書なんて持ってきているはずがない。角川の新字源は手元に置いてあるが。
goo辞書の和英辞書を良く使うが、ネイティブによる単語の発音を音声で聞けるようになっている。全ての単語の発音が登録されているのかと思ってちょっと確認してみた。
“fuck”の音声はない。でも”shit”はあった。
だからなんだ。
うーん、われながら暇だなぁ、と思った。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
それでいいじゃないか。
- 2007-06-18 (月)
- ブログ
あんたが齢をとれば、あたしも齢をとる。
それでいいじゃないか。
幽☆遊☆白書より。
若かりし幻海が、老いによる力の衰えを恐れる戸愚呂弟に投げた言葉。
一般的には「諦らめずに努力すること」は美徳とされるが、どんなに願ってみても老いを避けることはできない。自分の力ではどうしようもない力が支配していることを感じると、何事も諦めるしかないのではないかと思う。老いるという事象だけを取り上げて人生全般をこう結論づけてしまうのもどうかと思うが。
老いたくない、もっと言えば死にたくない、という想いを本当に諦めなければ、戸愚呂のように妖怪になるしかないわけで・・・実際にはなれない以上、あとは発狂するしかないだろう。発狂するならそれもまた良いとは思う。
老いに関して言えば、アンチエイジング(anti-aging)という言葉を耳にするようになった。言葉の意味からして加齢に抵抗するわけで、なかなかアグレッシブな言葉だなという印象を持っている。自然の摂理に激しく抵抗しすぎると、それこそ妖怪のようになってしまう。だからアンチエイジングにはちょっと違和感がある。
とは言え、女性がいつまでも美しくあるというのは、大歓迎であることは言うに及ばない。むしろ美しくあることを完全に放棄してしまった人というのは、とても喜ばしいものではない。(これは女性に限ったことではないが)
つまり、若さは即ち美しさかもしれないが、美しさは即ち若さではないということだ。「美しく老いる」というのが良いスタンスなのだろうと思う。それでいいんじゃないか。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
Home > Archives > 2007-06