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2008-04
荘子 中国古代の実存主義
- 2008-04-04 (金)
- レビュー
サブタイトルの通り、いかにも実存主義的。
単に『荘子』の要旨を説明するのではなく、著者の研究成果としてのより発展させた解釈が示されている。本文中に引用されている書き下し文が、甚だ意訳なのはその端的な現われだろう。実存主義的な見方と相俟って、今の私の嗜好(志向)に適った荘子の解説となっていた。
荘子思想の出発点たる人間・社会への絶望や不安を、彼(荘周)の伝記的形式で書いているのが楽しい。
後書きの文言に仄かに大戦の残影を感じさせる本書は1964年出版。ポストモダンの議論が喧しくなるよりずっと以前のことだ。資本主義に駆動されて経済成長を驀進する当時の日本において、人間の生というものに対して死に至る病を抱える者がどれほどいただろうか。そんなことを想った。
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ドン・キホーテの旅 神に抗う遍歴の騎士
- 2008-04-02 (水)
- レビュー
私が読んだ「ドン・キーホーテ」の訳者が書いた解説書。
視る角度によって様々に解釈できるドン・キホーテの面白さを、実際にいくつかの見方を提示しながら解き明かしてくれる。本編たる小説を読了後に読んだ方が面白さは増すと思われる。
小説読了直後に直感的にポストモダンの契機を有していることを感じたが、偶然本書でもポストモダンに微妙に接合させようとしていたことに個人的にやや感動。全然違う思考経路だったけど。
後半、主人公ドン・キホーテの特徴を松尾芭蕉やフーテンの寅さんとの共通性で捉えようとしていたが、これは妄想に近い。特徴の掴み方が突飛だとは思わないが。
むしろ、そんなアプローチがドン・キホーテ的と言って良いのか。
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ドン・キホーテ
- 2008-04-01 (火)
- レビュー
騎士道物語にのめり込んだあまり、現実と虚構の区別がつかなくなった狂気の騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャとその従士サンチョ・パンサが繰り広げる冒険の物語。
著者が作中で明らかにしている通り、本書は執筆当時スペインで流行していた騎士道物語のあまりの荒唐無稽さと、そんないい加減な物語に興じる民衆への批判を目的としている。そのため、本書はそれら流行作品の偉大なパロディとして書かれた。
ところがパロディが大流行すると、今度はその「続編」なるパクリ本が出版されてしまった。これに対して著者は、正統たる「後編」を執筆することで応酬する。「後編」は、主人公ドン・キホーテを描いた伝記物語「ドン・キホーテ」(と偽者の手による「続編」)が流布している、まさに当時の現実としてのスペインが舞台となる。
物語の中で当の物語を引き込んでしまっている自己言及的な構造を持つ、すぐれてアイロニカルで諧謔に富んだ小説。
前編では狂人ドン・キホーテの突飛さからおかしみを引き出しているが、後編では彼の理想と信念を貫く一途さを好意的な眼差しで描き、その狂人ぶりを見物して楽しむ人々をむしろ醒めた目で見つめている感がある。
おそらく前編では物語の真実性など気にしない理知的でない民衆をドン・キホーテに仮託して、後編ではドン・キホーテを弄ぶ人々を以って、己の興が得られれば良いという彼らの無節操を非難しているのであろう。長らく世間に認められず不遇を託ってきた清貧知識人・セルバンテスのルサンチマンの発露だが、同時に老いて痩せ細ったドン・キホーテに自身を重ねるという自嘲ぶりも見落とせない。著者の持つ敬虔なキリスト教徒としての性質や、前編と後編を通して著者の立ち位置が変化していること、などが感じられて興味深い。
「ドン・キホーテ」というタイトルが、機知に富んだ愛すべき狂人としての作中の主人公を指すだけでなく、皮肉ながらも愛嬌に満ちたものの代名詞になるのも頷ける。
元ネタとするに値する最強の独創性を有した偉大なるパロディから、私も何か拝借したくなった。
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