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2008-12

それは犯罪です

痴漢、暴力、破壊行為は犯罪であることを喧伝するポスターを駅やなんかでよく見かける。
鉄道会社による「俺らはちゃんとダメだって言ってっからね」というポーズだ。批判の的から離脱しようという意図がありありと感じられる。それならば、いっそのこと「痴漢は犯罪です」という交通安全標語並みの飾りに徹すればよいものを、「人として情けない」と存在すら否定して、疚しい良心に訴えかける。自分たちに向きかねない矛先を、犯罪をおかした「クズども」に集中させることを目論む。

秩序を守るために厳罰化を進めるというのなら、まだ賛否を議論する余地があっていい。しかし、秩序からはみ出た当人に集中砲火を浴びせて抹殺することを以て、溜飲を下げている状況は危険だ。本質的な禍根を探ることなく、正義の意識のもとにあぶれた犯罪者を血祭りに上げて納得させているようでは、性質上その倒錯を看過するわけにはいかない。たとえば、ニートバッシングにも同じような匂いを感じるわけで、それがまかり通っている空気が気持ち悪い。

もちろん、痴漢も暴力も破壊行為も犯罪である。そして誰でも犯しうる。
ただそれだけだ。

内定取り消しとか

すごく面白いイベントじゃないか!
と私なんかは思うのだが、当人にしてみればなかなか困った状況なのだろう。これから来春に向けて就職活動したって、碌に成果も出ないのはよく分かる。

だけど、だけどさ、やっぱり取り消されちゃった学生にとっては、とてもいい機会だと思える。
このまま“順当に”就職してしまったら気付かなかったはずのことが見えるんだから。

内定取り消しは純粋に会社の都合であって、当人らがそれなりには「採用したい学生」であることには変わりないのに改めて就職活動しても難航してしまうというこの理不尽さ。いかに社会で“普通に”生きていこうとすることがバカバカしいか気付けるはず。内定を取り消されたことよりも、内定を取り消された程度で人生が狂ってしまうなんて事態が、異常であることに眼を向けるべきだろう。そんな息の詰まる生き方で定年まで過ごすつもりだったら、早めに降りられておめでとう、ってところだろう。
それに、「内定取り消しをくらった男」なんてキャッチーなポジションだしね。この境遇をそんなに積極的に利用しないにしても、単純に最高のネタが降ってきたとも取れる。(゚Д゚)ウマー

と思うのは今の私だからだろう。就職活動していた3年前(もう3年も前!)の私だったらそうは思えなかっただろう。(それでも、愕然とするより、ほっとしたんじゃないかという気がする。「就職しなくていいってことかなぁ」という啓示として受け取ったと思う。)
内定取り消した企業への責任追及は行ってしかるべきだと思う。だが、その事実に悲観するくらいなら、それで悲観してしまうような人生そのものを悲観しろよ。

でもまぁ、内定取り消しにマジメに嘆いちゃう人はやっぱり、嘆くことのおかしさに気付けないようなマジメな人なんだよなあ。

行政の対応とか、企業倫理とかはあんまり興味がないので措く。

赤ちゃんの名前

2008年名前ランキング

これを見て思った。
女の子の名前って、AV女優っぽいなあと。

これはなにも、無茶苦茶なことを言っているわけではなくて、かなり妥当な直感だと思う。
女児には「かわいい」名前を付けようと思うのが普通なわけで、その時の大衆的な感覚で「かわいい」と思われる名前が人気になる。この「かわいさ」は、女性性に溢れているということであって、それは同時に男性の欲望の対象になりうるということでもある。だから当然、男性の性欲をかきたてやすい、その時の流行の「かわいい」名前がAV女優(に限らないが)にも選ばれるわけである。

とか何とか、当たり前すぎて考察するのもアホらしいが、本気でその親和性を研究するのも面白いかもしれないと思った。

あかかべ

観てきたよ、レッドクリフ。

大金を掛けているだけあって迫力があり、期待値が低かった分相応には楽しかった。やっぱりワイヤーアクションなのねと悲しい予想的中に苦笑しながらも、猛将たちの将たる役割を無視した闘いぶりに呆れつつ興じたし、オリジナルな孔明の罠が頻出していたのも見応えがあった。
とは言え、これでは単なる豪華なアクション映画なわけで・・・親しみある人物たちが派手に活躍するからといって、それでご満悦してしまうほど純朴な三国志オタクじゃないんだよ、私は。

史実云々なんて野暮なことを言うつもりはないが、肝心の人物描写やら背景の設定やらが薄すぎる。今どき、「善悪の対決」なんて構図で物語を進めてしまうのが信じられない。
以下、所感を羅列。ネタバレ注意。

全文を読む

靴紐が千切れた

もともと長すぎるくらいだった。反対の足で紐を踏んだまま歩き出すものだから、玄関を一歩出た先からほどけて嘆息することがよくあった。だから、むしろちょうど良くなったのかもしれない。

それにしても、自分で自分の歩みを止めるなんて、随分と気の利いたアレゴリーじゃないか。では、もう靴紐を踏むこともなくなったところで、私はスムーズに歩き出せるだろうか。

どこへ?
どこへでもない。ただの散歩だ。そうだ、跼躅しているのは進歩へ向かう足であって、私がしたいのはただの散歩なんだ。

縛る紐を短くして散歩しよう。季節はもう師走。

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