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2009-02

逆チョコ

本日少々壊れ気味。

逆チョコあげますか? | エキサイトニュース

企業のプロモーションに踊らされていて実にバカらしい
という意見は無視されているね。

どうでもいいけど、逆小枝がいいね。
ーねすでんな、ーぁましかし
とか言ってみるんだろうか。スイダラパんげんに。

うん、それが言いたかっただけ。
なんかおそろしく疲れたから、チョコレート食べて血糖値上げていたところ。
逆チョコとかどうでもいい。どうせやるならチョコレートよりもっと甘いものをwwwwwww

過去のスケジュール

手帳の来年度分のスケジュール帳を買い、昨年分と入れ替えた。
昨年分は今しがた今年度分を取り出したビニールに収納する。保管しておいたところで何になるわけでもないのだけど、引き出しの奥にしまう。そこには、手帳を使うようになってから今までのスケジュールが全て眠っている。

スケジュール帳には、日記的な感想や所見を書いているわけではなく、ただその日の予定を記録しているだけだ。それでも稀に見返すと、その記録がトリガーになって記憶が蘇ってきたり、あるいは全く記憶のない予定があったりして面白い。

写真にしろ、形見にしろ、記録として残しておきたくなるのは、記憶を止めておきたいからだろう。
私が、私として同一性を持ち、私にとっての意味を持ちうるのは、記憶を介してでしかありえない。そして記憶こそが時間の概念を紡ぐ。
ということは、変化と生成を地で生きるとは、時間を超越することになる。

変人ですが何か

凡人相手に「オレ、変人だから」という台詞をよく使う。すると結構な確率で彼(彼女)はフォローに入ってくれる。

しかし私はこの言葉を自虐としては全く使っていない。変人とは意味の方向がどうあれ顔を持った特徴ある者であって望ましい存在なのである。凡人の価値座標に未だ回収されていないという点でも好ましい。

ゆえに私が殊更に「変人」を自称する場合、それは矜持の現れでありつつ、相手がそうとは認識しないことを前提とした上で成立する見せかけの謙譲によるコミュニケーションの円滑化であって、同時に軽蔑的な諧謔を含む。

言っておくけど、別にすぐれて凡人的な人が嫌いなわけではない。自分が凡人である瞬間が堪えられないのだ。
残念ながら自分が天才的な人間でないのは痛いほど分かっている。ゆえに変人でありたい。

否、天才ですらありたくない。
凡人どもが並外れた人間に与えてしまう「天才」という称号。彼らは自身の理解の範疇を逸しているにもかかわらず、それを小さな掌で転がして玩ぶ。
「彼は天才だから・・・云々」と。
どうして凡人が天才について語れようか。

そのような汚された天才では、凡人によって認識された箱の中にはいられない。
得体の知れない、意味不明な変人であれ。

なぜ福は来ない

節分ネタで思い出した。もう過ぎたけど書いておく。

小学校に入る前、保育園児のころのこと。
園の節分イベントで鬼が出てきた。正確には鬼に扮した人間が。
茶番だと分かっていても、部屋を暗くした上おどろおどろしいBGMがかかる中で奇怪な格好をした唸り声を近づいてくると、それなりにビビッていた気がする。認め(ry

それはいい。
「鬼は外、福は内」
事前に鬼を退治するために豆を撒くのだと教えられているどもたちは、鬼めがけて豆を投げつけまくって見事に退治した。
鬼が去った後には福が来る。そう説明を受けていたので、鬼を撃退した暁にはきっと福が来るのだろうと、私は待ち受けていた。
ところが辺りはもう祭りの後の解散の雰囲気なのである。

結局、福はやって来なかった!
その時の私の落胆はいかばかりか。
鬼倒したら、福が来るんじゃねーのかよ。大人たちの演出の不徹底ぶりに社会の理不尽を垣間見た私は、子どもながらにかなりの衝撃と憤慨に襲われたのだった。

恵方巻きとか暇つぶしだろ

私が高校の頃からだった気がする。
節分と言えばそれまで豆撒いて拾って食うイベントだったのが、巻き寿司をどっかの方角に向かって食べるとかいう習慣が加わったのは。
昔からの習慣だった地域もあるようだが、ここ最近で全国区になったのはバレンタインとかクリスマスと同じく企業の宣伝活動の賜物だろ。それで普及しちゃうのは、誰もが精神的に暇だからだろう。ルーチンじゃない行動を起こすために、何か外からの理由が欲しいだけね。

まぁイベントの度ごとに商業主義が顔を出しているのはどうでもいいのだ。どうでもいいから、別に巻き寿司を買ったりはしない。豆をまいたりもしてない。
豆は食ったけど。つっても納豆だけど。

さて、節分って年に4回あるはずなんだけど、なぜか立春だけがクローズアップされてる。1年が春から始まると考えれば、最も重要な節分ではあるのだろう。
ちなみに、今年の立春は2月4日の午前1:50なので、実は今日は節分とは言えなかったりする。
四柱推命でいくと、明日からを翌年の立春までを本当の2009年(己丑)として考える。1年という時間の単位が太陽を巡る地球の公転に依拠することを考えれば、ここに年の区切りを置くことはかなり妥当な気はする。すくなくとも現行のグレゴリオ暦のように意味不明な時期で区切るより自然だ、とつくづく思う。

さぁ、改めて一年が始まったことにして、心を入れ替えて頑張ろう。
んなわけないけど。

寒い中、店の外にブースを構えて恵方巻きの客引きをしていたコンビニ店員の声が耳に残った。私は一瞥もくれなかった。

勝負じゃなくて懐柔すればいいんだよ

そういえば一昨日、池袋の路上で大道芸人のパフォーマンスを観た。
サンシャイン通りの手前にかなりの人だかりができていて、普段なら黙々と通過するんだけど、気が向いたのでちょっと覗いていった。

大道芸そのものも面白かったんだけど、トークが軽快で雰囲気を掴んでいるのが印象的だった。
CHIKIっていう芸人さん。なんか名前も覚えさせられてしまったなぁ。
俺がなんで彼の宣伝してんのかよく分からないんだけどw・・・応援したくなる空気を纏っている人っていうのは稀にいる。

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