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2010-12

2010年の終わりに

帰省中の新幹線で書いている。

一年を振り返るに際して、今年は全くブログを更新しなかったことについて触れておきたい。なぜ書かなかったのか、いろいろな理由が思いつくけれど、言葉にするとそのどれも違うような気がする。ブログ更新に使う時間が惜しかったのもあるし、単純に面倒になってしまったこともある。twitterの方が手軽につぶやけて、リアクションもあるので、ブログに掲載するっためにまとまった文章を考えるのが億劫になってしまったのも大きな理由の一つだ。そのように列挙できる要因はいくつもあるが、それらの要因がブログ更新をストップさせるに至ったもっと根本的な理由について考えたい。それは私がブログを書くということに対するスタンスのようなものだ。
実は、改めてこのことを考えてみると、私の心境の変化を顧みることになるし、それは取りも直さず、私のこの一年の総括にもなるだろうと思う。

なぜ、私がブログを書いていたのか。私の話を聞いてもらいたかったからに他ならない。そして、私を構ってもらい、認めてもらい、褒めてもらいたかったからに他ならない。その注目を私は涼しい顔をして受け流し、心底でほくそ笑みたいのである。
うすうす分かってはいるが、この欲望の直視は吐き気を催させる。それでもこの薄汚い欲望を肯定するために、万策を練って生きてきたわけである。

一言で云えば、「私とは誰であるのか」という自我の狂った叫びに翻弄されていた、ということだろう。もちろん今だってこの叫びによく動揺させられている。
しかし、それは幻想にすぎないのであり、生きるということは幻想との戯れであるとも云える。そのようにいくらか冷静に、高速で無限ループする不毛な思考を眺めることができ始めた。と同時に、くだらない自分語りに対して嫌悪を自覚するようになった。
これが私のこの一年で得た大きな成果だ。ブログを書かなくなったのも、こういうわけだ。

抽象的な話でまことに恐縮だ。抽象的な話は読み物としてはつまらないものになりがちだ。おまけに駄文過ぎて、とても面白い文章とは思えないが、これ以上推敲を重ねようとすることはまた私の中の狂気に手を貸すことになるのでやめておく。

ところで、自分語りへの関心が薄くなったとなれば、このブログをどうするかが思案のしどころだ。徒然に日記的に書くのではなく、何かテーマを決めて、読む価値のあるものを書いていくのが妥当だろうと思うが、そんな書きたいことなんてないんだな。
また、思いついたときに、思いついたことを書こう。“私”の叫びに足を取られないように。

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