- 2007-09-08 (土) 1:14
- ブログ
記憶というのは思い返すごとに増強される。
鮮明に覚えているというのは、それだけ頻繁に表層の意識に呼び出されたということだ。
そして、その増強は実際の体験を限界点とせず、無限に拡大されうる。
感動体験は「感動した」というタグを貼って、容易に記憶の中から取り出せるようにしておくことで、頻繁に増強を図ることが出来るようになる。
結果として元の体験以上に鮮烈な記憶が醸成される。
いくら鮮明に覚えているといっても、五感で得たあらゆる情報を余すところなく記憶することは不可能に近いので、いきおい記憶というのはいくつかの要素を抽出して留めておくことになる。
記憶を更新する作業は、その体験の中から抽出した要素だけを増強することになるので、元来の体験とは違う歪んだ記憶ができあがってしまう。
大事に取っておきたい記憶ほど、その歪みはひどくなる一方であり、
記憶の外的な更新が行われえないとなると、あったはずの姿に近づける(元に戻す)術はない。
思い出に浸るという行為も悲しいものだ。