- 2007-10-05 (金) 7:39
- ブログ
たとえば出土品や古文書などから、我々は古代に其処に生きた人々の文化を知ることができる。
建築や文物から、その土地その時代に特徴的な意匠をみて、当時に思いをはせるのである。
だが、地球上での空間的隔絶が取り外された近代以降、世界中の文化が複雑に往来している社会はどのような特徴を持つものとして捉えられるのだろう。
近代的な高層ビルから遠くないところに、木造の神社仏閣が構え、そうかと思うとイオニア式の建造物が脈絡も無く出現したりする。都市景観という視覚的なものからして、様々な文化が混じりながらも融けあっているとは言えないモザイクな状態を、一つの文化として理解する作業はとても苦しそうな気がする。
ずっと後代の人々が現代を考察する場合、あるいは人間でないかもしれない知能を持った生物が発見した場合、彼らはどう理解するのだろう。少なくとも我々が、古代の諸地域の文化を理解(というか納得)しているように理解できるものではなかろう。
などと要らざる心配をしてみる。
- Newer: 母性愛と猫、父性愛と犬
- Older: なぜ生きる