- 2007-12-09 (日) 8:32
- ブログ
幸福感に満たされていて、ただただ存在しているだけで周囲にまでその幸福を与えられる人がいる。
一方で、絶えず不安と恐怖に慄き、周囲の顔色を窺いながら相手に合わせて必死にもがいて努力しているのに、人を傷つけあるいは人に傷つけられながら悲しみに叩き落される人がいる。
この違いはなんだ。後天的な何かに依存しているのだとしても、その明暗を分けた後天的要因はなぜ全く違った風に降りかかるのか。
記憶など抹消されているのに、前世からの業で納得できようか。ましてや、それ自体の因果に説明を求めたい、先祖の因縁で合点がいくわけもない。たとえそれが真理であったとしても。
それより私は、現象界の境遇に、幸不幸の明度で見分けようとするこの目を疑いたい。
ただ、ことさらにそのことを嘆く必要なないのかもしれない。人に与えられた世界を彩色するこの能力をただただ楽しめばよいだけなのではないか。目に映る美しさも醜さも含めて。
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