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一流でなくて結構

大田経財相「もはや経済一流でない」、国会演説で言及

「もはや経済は一流でなくてもよい」
の間違いである、と私は思う。
戦後のどん底から日本は大成長を遂げ、経済一流になった。貧困からの脱出、幸福を求めて必死に産業を振興して経済発展をひた走ってきた。
そして幸福になれただろうか。確かに、物質的に恵まれているということ自体、感謝すべき幸福な状況と言える。しかし、日本人はそれで幸福感に満たされているだろうか。通勤時間の満員電車に乗ってみれば分かる。
そんなことは、マザーテレサが喝破していたはず。

そして、経済が一流から転落した(らしい)今、我々は再び物質的に飢え始めたのだろうか。
経済が一流になって我々が求めるようになったのは、物質では満たされない満足感であるはずだ。既にそのフェーズに移行しているはずなのだ。経済が少々低迷していようが、欲求のフェーズが後退したわけではない。
年収を増やして何か買いたいのではなく、たくさんの年収を取っている自分でありたいのだ。己の価値を確認したいがために、他人に承認されたいと思い、しきりに価値が測れそうな指標をチェックする。

全体的な右翼化傾向も同じだろう。誇るべき日本人たる自分を見出せば気休めにでもなるのかもしれない。
そう考えると、今さら経済成長を求めようなどという馬鹿げた思考も軌を一にする。「経済一流の日本」という箔が欲しいだけに過ぎない。

追記すると、「自分の価値って何だろう」という疑問は、「人を殺してはいけないのはなぜ?」と同じくらい、かなり正常な疑問である。
結論から言うとそんなものはない。分からないのではなく、無いのだ。人を殺してはいけない理由がないのと同じように。

Comments (Close):2

樹翳 08-01-19 (土) 21:15

他は他と割り切れないから、くだらないことに拘り悩み苦しむのでしょうね。
一流であるから偉いというわけではないということに気づくべきなんでしょうが、無理でしょうね。

玄鳳 08-01-20 (日) 23:00

無理でしょうね。社会的価値体系の中に自身の存在意義を見出してしまっている輩にとって、しかもそれが努力(だと彼ら自身が思っているもの)によって成立したものであるならば、その価値体系の外側を想定することは不可能に近いのだと思います。

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