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みち

以前書いたことがあるかどうか覚えていないが、私の祖母は化石的な言葉遣いをする。具体的にいえば、現代日本語ではもう使われていないはずの動詞の二段活用をやってのけるのだ。

あくる(開ける) カ行下二段活用
あけ(ず) あけ(て) あくる あくる(とき) あくれ(ば)

たぶる(食べる) バ行下二段活用
たべ(ず) たべ(て) たぶる たぶる(とき) たぶれ(ば)

古語文法を勉強していた高校生の頃、祖母の変わった言葉遣いが単なる方言ではなく、古語的であるのに気づき、いたく感動した。
この感動を伝えようと、祖母にその言葉遣いの文法的解説をしたのだが、全く理解してもらえなかった。「ふーん、そうね」と言う顔にはクエスチョンマークがありありと浮かんでいたのを思い出す。

さて、正月に地元に帰省したときの話。
その祖母が機械の使い方が分からないという内容(おそらくそんな趣旨だったはず)の話をしていた。まるっきりの方言を使いながら「ばってん、それをするみちを知らんったい」と、「みち」という単語がしきりに飛び出していた。
話の内容から、どうやらこの「みち」は一般的な「道」という意味ではなく、「方法」という意味らしいと推測できた。よく考えてみると、私も「使いみちがない」という表現で「みち」を「方法」という意味で使用することはある。そして、この語義の範疇はまさに英語の”way”と同じではないか、ということに気づきちょっとした感動を味わった。

何らかの目的(地)へと至るプロセスこそが「みち」なのである。
したがって、有目的性への抵抗を企てる私にみちは開かれない。それは、未知の荒野を彷徨うことかもしれない。

こんな感動もあまり共感してもらえるものではないらしい。

Comments (Close):2

げめばな 08-02-24 (日) 6:47

沖縄の人に、「〜です」を「〜でそ」に近い発音をする人がいます。古典語の「〜でそうろう」という語源を保存しています。

玄鳳 08-02-24 (日) 11:47

興味深いですね。やはり本人はそのことに無自覚なのでしょうかね。

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