- 2008-05-12 (月) 1:09
- ブログ
誰かが搾取されているわけだ。
こうやって快適な都市生活が送れるのは、当然誰かが搾取されているからなのである。そのことに想いを致すとき、私は私が生きているだけで、特に都市生活者として生きているだけで吐き気をもよおす。罪を覚える。
少しでも搾取する側に移ることを、世間は「成功」と呼ぶが、こんな私はその方向に行きたいとは思えない。
かと言って赤くもない。搾取する者がお上に一極集中するだけで、事態は何も変わらない。だいたい理想を掲げることは、現状を否定している以外の何ものでもないのだ。
いかにしてこの社会の先験的な暴力性を、人間が文字通り人の間でしか生きられない生き物だとするならば、人が人として生きていくことの(それは取りも直さず社会の)残酷さを肯定しうるだろうか。
この免れざる悲劇を(喜劇として笑い飛ばすのではなく)笑える契機を、私は見出したい。
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