- 2008-06-07 (土) 10:59
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(前の記事の続き)
修行や修練によって至る境地に興味はない。
だって、誰もがなれないんでしょう?
誰もがなれないから、普通は価値があるというのだろうけど、それって結局人間の生に否定されるべき契機を刻み込んでいるだけじゃないか。
高みに昇ることは素晴らしいこと?
夢を実現するのは素晴らしいこと?
目標を達成するのは素晴らしいこと?
しかし、そうできない人をどう考えるべきなのだろう。重ねて言うが、それは本人に責任を帰すことができない。努力不足というかもしれないが、彼・彼女に努力のできなさが帰属してしまったことを本人の努力不足のせいにできるのか。
それはしかたのないこと、ではないだろうか。
逆も同じ。
誰かが努力の結果、大きな成果を上げたことも、しかたのないことなのだ。
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