- 2008-11-04 (火) 21:25
- ブログ
ここ数年、法律と経理に触れるたびに、「近代社会うぜぇ」という呪いに近い嘆息が漏れる。私のめんどくささを最大にかきたててくれるものどもである。こんなものを生業にできる人たちには全く頭が下がるばかりだ。
まだ学問としてなら、やってやれないことはないと思うけど、実務としては無理だ。出来ればそんなことは無視して生きていきたいが、奴らの方では律儀にも放っておいてはくれないので、知らないと確実に損をすることになる。もうつくづく生きるのが嫌になる。実は死の欲動が最高潮に達する地点はこいつらが迫るときかもしれない。わりと本気。
人類は複雑化した社会を形成した。一個の人間が、そのからくりの全貌を把握することはとっくの昔に不可能になっている。全てを把握している人がいないのにも関わらず、常に問題を抱えながらも社会がそれなりに機能していることが、子どもの頃の私には不可解でならなかった。
いや、今でも不可解である。そしてそれが気持ち悪い。関わることの全てを把握しておかなければ気がすまないからだろう。要するに完璧主義なわけだ。もっと手元で全部把握できる範囲で生きていければいいのに、と思う。
もちろん、未知に触れることが嫌いなわけではない。知らないことを知ることは楽しい。私は是非、立ち止まって「よくわからないこと」を突き詰めて考えたい。「よくわからない」まま走りながら、その先を走るための用を為す程度に考え続けるようではありたくない。でも地面に座り込んで、思索に熱中していると死んでしまうものらしい。
- Newer: 若者の閉塞感とかいうやつ
- Older: 昨晩、頭痛で目が覚めた
Comments (Close):2
- 匿名 08-11-06 (木) 0:06
-
>人類は複雑化した社会を形成した。一個の人間が、そのからくりの全貌を把握することはとっくの昔に不可能になっている。
これっていつごろからの話だろうね?
人の心が永遠に解明できないように人間が社会を形成して歴史を残すことになってからずっとそんな気がします。個人的には、法律とか経理のシステムはそういう社会をいかに”面倒くさくなくすか”というところに主眼を置いた仕組みだと思います。
価値観の違いかね~
- 玄鵬 08-11-06 (木) 0:40
-
適当に書いてるからいつごろか分からないけれど、有史以来というのは外れてはいないかと思いますし、私もそういう想定です。しかし、原始時代には群の構成から狩りの段取りまで把握できていたはずなわけで。
人の心の不可解さと同列に論じるべき問題ではないでしょう。人類が意識的に自ら作り出しておきながら、把握不能になっていることについて言及してます。法律や経理は、「めんどくさくなくす」というより秩序立てようとする仕組みですね。それらは混沌をそのままにしておくことを許さないわけです。それがめんどくさい・・・