- 2009-02-07 (土) 16:32
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手帳の来年度分のスケジュール帳を買い、昨年分と入れ替えた。
昨年分は今しがた今年度分を取り出したビニールに収納する。保管しておいたところで何になるわけでもないのだけど、引き出しの奥にしまう。そこには、手帳を使うようになってから今までのスケジュールが全て眠っている。
スケジュール帳には、日記的な感想や所見を書いているわけではなく、ただその日の予定を記録しているだけだ。それでも稀に見返すと、その記録がトリガーになって記憶が蘇ってきたり、あるいは全く記憶のない予定があったりして面白い。
写真にしろ、形見にしろ、記録として残しておきたくなるのは、記憶を止めておきたいからだろう。
私が、私として同一性を持ち、私にとっての意味を持ちうるのは、記憶を介してでしかありえない。そして記憶こそが時間の概念を紡ぐ。
ということは、変化と生成を地で生きるとは、時間を超越することになる。
Comments (Close):2
- あすか 09-02-11 (水) 5:38
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スケジュール帳は私もとってます☆
何事も記録してないと記憶が残らないん
ですよね。←やばいです(´・ω・`;) !
今&未来のための単なるデータベース化
してきてる気がします。反動のせいか、日記・写真・食べたもの・家計簿
と記録魔ですw - 玄鵬 09-02-11 (水) 7:50
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思い返して記憶に残ってないと愕然とするよね。
記録を残しておくと断片的な記憶は蘇りやすくはなるけど、「この時期は休みはどのように過ごしていたか」とか全般的なことに及ぶと応えられない・・・
生きた証を残すために生きているわけはずだけど、記憶を失っていると生の意味喪失に陥ってしまう。なんだかなぁ