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己の過誤は認めぬということか

今朝、駅前で自民党衆議院議員候補(現職)与謝野馨氏のうちわ形ビラをもらった。
表には与謝野氏の顔写真、裏にはご挨拶文が書いてある。

そのご挨拶文を読んで一瞬目が点になった。
以下抜粋。

私は、常に与えられた仕事を全力で精一杯やることを信条としてまいりました。
これからも、我が身を省みることなく知識と経験を生かして国民のための仕事をしてまいりたいと決意しております。

省みない、即ち反省しないのである。
これには絶句w
もちろん、1秒後に「(我が身を)顧みない」の誤記、すなわち「自分の心身を気遣うことなく(公務に尽力する)」という意図であると気づいたのではあるが。

私は別に揚げ足取りがしたいわけではない。
この誤記は、この選挙グッズの制作担当者のチェックミス(もしくは語彙力の不足)によるものだろうが、人為である以上はそういうことも起こりうるわけで、与謝野氏がそういう不遜な心構えでいるとは思わない。(ただ、重要な選挙に際して、少々弛んでいるようには思う。)

問題にすべきは誤記などではなく、挨拶文そのものだ。
「与えられた仕事を全力でやることが信条」というのはどうしたことか。いったい誰から与えられた仕事なんだというのも大いなる疑問であるが、所与の仕事をこなしていれば良い時期でないことは明白であるところに、この宣言である。

いつまで高度経済成長期の気分でいるつもりか。一生懸命やれば結果は後からついてくる時代は、とっくの昔に終わっているのだ。昨今の日本社会の問題(と叫ばれているもの)は大概、経済成長に裏打ちされていた「未来は明るい」という素朴な信仰が崩壊したことに関係している。
であればこそ、与えられたレールをただ懸命に走るのではなく、私自身がどうしたいのか、その欲望を発露させることにようやく人々の目が向きだした時なのだ。そして、そのように自己を充実させる個人が構成する社会は、経済成長による価値の先延ばしに依存するのではなく、“今ここ”で幸福を感じられるものに変化する必要がある。そんな時勢に、従来型の「とにかく何でも一生懸命にやります!」的ノーテンキな体育会系宣誓をしてもらっても困る。

たかがビラの挨拶文にここまでツッコミを入れるのもどうかとも思った。
それでも、この期に及んでこういう無内容な挨拶文を平気で掲載してしまえる現状認識の程度の低さに呆れたのである。

Comments (Close):2

09-09-03 (木) 22:11

どもです。
選挙終わっちゃいましたね。
ビラに共感された方、少なかったみたいですねw

玄鵬 09-09-03 (木) 23:51

与謝野氏は小選挙区では海江田氏に敗れましたが、比例代表で復活当選しましたね。
自民党での重要ポストにあるというのはやはり強いですね。

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