- 2009-02-14 (土) 11:59
- レビュー
「ベンジャミン・バトン」を観てきた。とても素晴らしかった。
嵐も雷も、向こうから勝手に、突如として、やってくる。
だから、最高でも、最悪でもいい。好きにしろ。
以下、ネタバレ。
老いと若さについて。
ベンジャミンは、身体能力の衰えた老人の肉体だったけれど、普通の少年と同じように好奇心に溢れている。言うことを聞かない体ながらも、できるだけ活発に動き回ろうとしている。外的な刺激に慣れすぎて感動の鈍い普通の老人とは、その点で異なっている。
一方、年齢を重ねて若くなったベンジャミンは、認知症を発症する。健康そのものの少年が、徘徊老人の如く這い回る。
この作品では、主人公ベンジャミンが80歳で生まれて年を追うごとに若返るという普通人とは逆の設定を、顔の皺や歩き方、髪の色など身体的特徴として描いている。ブラッド・ピットがどんどん若々しくなっていく様は見事だ。
一方で彼は、自由に感動を発露する少年から、物事を見聞きして成長して、最後には呆けて忘れていくという、精神については普通人と同じ齢の取り方もしている。いったい我々が老いと呼んでいるものは何なのか。
その点においてとても示唆的なのは、彼が童貞を捨てるシーン。老人の肉体を持っているはずにもかかわらず、彼の精力は10代の少年のように漲っている。ここでは精力は身体的特徴とはみなされていないのだ。
そして実は、ベンジャミンは精神的にも老いてはいない。経験を積むことに伴う落ち着きは増しても、欲望や感動は失われていない。彼はかつて少年の心を持った老人だったわけだが、老人の心を持った少年になったようには、私には見えなかった。
加齢に伴う老いは、避けられない。死は向こうから勝手にやって来る。この理不尽を否定するでもなく、目を背けるでもなく、いかに生きるか。
「諦めずに努力することが尊い」のではない。努力が無駄になりうることを知りつつ、無駄だろうが何だろうがやらずにはいられないからやること。「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい」のでもなく(それは結果に執着しているのであって、理不尽から目を逸らしていることである)、後悔などしようのないように感動のままに動くこと。
老いを理由にしていないか。避けられない嵐をなかったことにしてはいないか。不意の稲妻に撃たれながら、もっと好きなように生きろよ。そして抗い難い嵐の渦中で死ね。