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クソな社会を生きる

適当に腹ごなしするために牛丼屋に入り、そこでもっさりしたオッサンが働いているのを見ると、厭でもクソな社会を実感させられる。
店内に流れるありきたりなJ-POPが倦怠感に拍車をかける。

このクソな社会でいかに生きていくか。
クソでもミソでも社会の外などない以上、それが世界全てを満たすような「いまここ」を生きるしかない。
だから、夢や希望がないことが問題なのではない。夢や希望に縋ろうとすることが問題なのだ。外部を参照するのではなく、内部を極限まで充実させること。

ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』はそれを教えてくれる。
過去を恨むことなく、未来に期待することなく、ただ今太陽が照り月が輝くのを眺めればいい。そうすれば、地獄も監獄も天道になりうる。でなければ、どこに行ったところで同じ。娑婆だってやはりクソなのだから。

Comments (Close):2

げめばな 09-06-16 (火) 16:55

夢や希望は、内部の装飾品として使われますね。

玄鵬 09-06-17 (水) 7:36

内部参照的であればいいのですが、内部の空虚さを埋めようとする飾りに堕しやすいですね。

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